CHEF#002
世界初の“空気の糸”が
肌と心を包むとき。
撚糸職人  浅野雅己
撚糸技術のパイオニア 文部科学大臣表彰「科学技術賞」受賞

 

「浅野雅己氏|撚糸(ねんし)技術のパイオニア」
— 浅野撚糸株式会社の代表。
世界初の空気を含む撚糸SUPER ZERO®」を開発し、極上の柔らかさと吸水性を持つ「エアーかおる」を世に送り出し伝統技術を進化させ続けている。
「糸一本から世界を変える」という信念を持ち続け、震災復興や地域貢献にも尽力。

 

赤ちゃんも手を伸ばす本物のタオルとはどんなものですか?

 

本物のタオルとは、肌触りを超えた安心感を与えてくれるものだと考えています。私どもも「赤ちゃんが泣き止むんです」というユーザーのお声をいただいた時にはびっくりしました。価格やブランドを知らない赤ちゃんが、泣き止んだり、自分からタオルに手を伸ばす。私は「本物」に対する感覚的な答えがそこにあると感じました。私たちは、肌が違和感を覚えず、触れた瞬間に「気持ちいい」と感じられるタオルを目指しています。この心地よさは、肌だけでなく心にも届きます。本物のタオルとは、そうした「心に響く感覚」を備えたものだと思います。

 

 

世界初の空気の糸は、どのようにして生まれたのですか?

 

本物とは、触れた人の心に響き、生活の中で自然と繰り返し手に取られるものだと思います。どれほど高性能な機能を備えていても、感覚的に「これがいい!」と思ってもらえなければ長く愛されることはありません。お客様から、「このタオルを使うとお風呂上がりが楽になる」「肌が喜んでいる気がする」というお声をいただくたびに、本当に良いものとは単なる肌触りの良さではなく、それを超えた心理的な安心感や、心に響く深い心地よさを備えているのだと確信しています。

 

 

そのタオルを創り上げた本物の糸が生まれたきっかけはなんですか?

 

始まりはゴムを使わずに伸縮性のある糸をつくろうとした挑戦でした。でも、その過程で思いがけない偶然が起きたのです。本来の使い方と違う工程に糸を扱ったことで、「ふくらむ糸」の特性が偶然見つかりました。それが、空気を素材に使った世界初の撚糸技術“SUPER ZERO®”の原点です。ただ、そこからが本当に大変でした。糸が切れたり、品質が安定しなかったり。それでも職人たちの根気と情熱で、何度も試作を重ねて完成にこぎつけました。開発は、意志と偶然の重なりから生まれるのだと、あらためて実感しました。

 

―“エアーかおるが私たちの日常に与える影響とは何だと思いますか?

 

タオルの触覚は、日々の小さな瞬間を豊かにします。でも実は、何が良いタオルなのかを見極めるのはとても難しい。だからこそ、使ってくださるお客様の声が何より重要なんですよ。
「柔らかい」だけでなく、ふんわりと肌にのる感触が心まで癒してくれる。そんな心に届く心地よさがあるから、日常の中に静かな感動を生むのだと思います。
答えは、すべてお客様の感覚の中にあります。

 

 

その「日常の心地よさ」を伝えたいという想いが、日本アトピー協会の推薦取得へとつながったのですね。

 

そうだと思います。実は日本アトピー協会の審査では、「吸水性や柔らかさという項目の優先順位は低いんですよ。 大切なのは拭き心地。」
私たちのタオルは、肌にまとわりつく感覚や毛羽立ちがなく、負担の少ない拭き心地を徹底的に追求しています。結果的に、それが感覚的な心地よさを生み出しています。
その秘密は「パイルの構造」。一般的なタオルがしっかり立ったパイルで肌をこするのに対して、エアーかおるはふんわりと寝かせるように撚られた糸が、点でやさしく肌を包みます。心地よさを感じながら水分をしっかり吸収してくれるので、毛穴に残る水分まで拭き取ることができるのです。肌って、本当に正直なんです。特に意識していなくても、感覚的に良いものはちゃんとわかる。それが「本物」だと思っています。
実際に数値での評価もたくさんしていますが、例えば「150%吸水力が高い」と言われても、実際に触れて気持ちいいと感じられなければ、心には響かない。毎日、無意識に手が伸びるタオル。それこそが、人の感覚に寄り添う「本当の心地よさ」だと考えています。

 

タオルを超えて、空気の糸がファッションの分野へ挑戦されていく意図はなんですか?

 

エアーかおるの糸は、もともとタオル用に開発したものでした。新しい糸をつくったとき、まずタオルで試すのが基本なんです。水を吸う力や柔らかさなど、その糸の力がすぐにわかるからです。
ただ、私たちはタオルメーカーではなく「糸」をつくる撚糸屋。20年かけてタオルで育ててきた技術が、今ようやくファッションの世界でも注目されるようになりました。昔は高価すぎて見向きもされませんでしたが、最近では世界の高級ブランドの生地にも採用され、2026年春夏のコレクションに「この糸を使いたい」と声がかかるようになりました。

 

 

浅野さんが考える「美しさ」とは何ですか?

 

ずっと考えてきましたが、やはり夢を追い続けている人は美しいと思います。あとは一生懸命な人。素直な人。それを支える人。僕は今64歳ですが、人生で一番「美しい」と感じています。
苦労や無茶をしている自分を支えてくれる妻も含めて、今が一番美しい。64年生きてきて、たくさんの苦労もありましたが、支えてくれた家族や社員たちのおかげで、今の自分があります。
だから美しさとは見た目だけでなく、心や努力、支え合いの総合だと思います。

 

製品を手に取る方へ、どんな思いを届けたいですか?

 

私たちのタオルは、日々の暮らしの中で「いつもそこにある存在」でありたいと願っています。
触れた瞬間に心がふっとほぐれるような、そんな小さな癒しを届けたい。肌と心に寄り添う体験を通じて、「なんだか心地いい」と感じていただけることが、私たちの目指すゴールです。

 

編集後記

糸は目に見えない部分で製品を支えながら、確かにその価値を形づくるものです。浅野撚糸の技術と哲学には、人々の目線をもう一歩広げる力があると感じました。それは単なる機能性にとどまらず、触れる人の暮らしや心に寄り添い、豊かさを紡ぎ出していく存在です。この姿勢は、スキンケアのCHEFが大切にしている「成分ではなく感覚から選ぶ」という考え方とも重なります。どちらも表面的なわかりやすさだけではなく、見えない部分や心地よさに目を向けることで、日常に新しい発見と美しさを届けようとしているのだと思います。一見見えないものが、実は大切な価値を支えている。糸の一本一本が示すように、私たちが当たり前と思っている世界も、視点を変えればまったく違う表情を見せてくれます。日々の暮らしの中でふと触れる感覚や質感が、その背景にある物語を教えてくれること。それは現代を生きる私たちにとって、贅沢でかけがえのない体験なのかもしれません。このジャーナルが、そんな視点を思い出させる一助となれば幸いです。

スキンケアのCHEFが大切にしている「成分ではなく感覚から選ぶ」という考え方も見てみる。

浅野雅己

浅野雅己(あさの・まさみ)

撚糸職人/株式会社浅野撚糸 代表取締役社長 1959年生まれ、岐阜県安八郡出身。

倒産寸前だった会社を立て直し、「空気を糸に撚り込む」世界初の撚糸技術「SUPER ZERO®」を開発。極上の肌触りと高い吸水性を兼ね備えた“エアーかおる”シリーズが国内外で高く評価される。
カンブリア宮殿やガイアの夜明けなど多数のTV出演や文部科学大臣表彰「科学技術賞」受賞。
糸の可能性をタオルだけにとどまらず、アパレル・ファッション分野へと拡張中。撚糸の可能性をタオルから衣服・ファッションへ広げ、“肌は心とつながっている”という信念のもと、日常に小さな幸せを届け続けている。

エアーかおる