2025.11.14
ローゲージが教えてくれた、ものづくりの原点。
老舗靴下企業 代表取締役社長
出張耕平

「出張 耕平|伝統のローゲージで新価値を編み続けるくつ下職人」
— 主流のハイゲージ技術に対し、国内で希少なローゲージ技術に特化し新しい価値を創出する5代目社長。
— 2021年 TOPAWARDS ASIAで Top Score を獲得
—自転車をこいでくつ下を編む体験ができるファクトリーショップ「S.Labo」や「くつしたパーク®」構想を通じ、くつ下を作る喜び × 履く喜び を広げている。
※ローゲージ…針の数が少なく、太い糸や複数の糸を束ねて編まれた糸のこと。
※ハイゲージ…針の数が多く、細い糸で密に編まれた糸のこと。
―ローゲージで編む靴下の魅力とは何ですか?
ローゲージの靴下は、太い糸を使うため製造に時間がかかりますが、その分、分厚く5倍丈夫で、5倍暖かく、5倍吸水性が高いんです。またハイゲージの靴下に比べて太く編むため、履き心地が柔らかく、独特の風合いやデザイン性もあります。私自身も一年中愛用して実感していますし、多くのお客さまが口を揃えて言ってくださる体感です。
ーローゲージの靴下は分厚いので、夏は暑くて蒸れそうな気がするのですが?
夏は汗で蒸れるので薄いくつ下を履きがちですが、夏こそ吸水性の高いローゲージのくつ下をはくことで汗が靴と接触することなく蒸れない、臭くならない状態を作れるのです。一見「薄い=快適」と思われがちですが、実は素材と吸水性の方が快適さを左右するんです。

―そうなんですね!勘違いしてました。
何より体感に勝るものはありません。ローゲージのくつ下を履くことで足のにおいが軽減したので、その理由をローゲージの機械に聞き出すように研究し続けてきました。すべてお客様の生活シーンでの喜びをイメージすることで追求出来たことです。
―企画やデザインはどのように進めているのですか?
まず、お客様が靴下を履く“生活の中の喜び”を思い描くことから始まります。
例えば、摩擦が起こりやすいつま先やかかとにはリサイクルコットンを使用し、耐久性を高めています。また、蒸れを感じやすい方には、吸湿・吸水性に優れた和紙やシルクなどの素材を選んでいます。くつ下は、いわば“足の肌着”です。
肌着にはやはり天然素材がいちばん。人間も生きているからこそ、肌が呼吸できる素材が心地よいのです。私たちは、日本の風土に寄り添った天然素材を選び、長年培ってきた技術を磨き続けながら、自分たちの手でブランディングを行い、使い手と作り手の双方が満足できるものづくりを追求しています。
―素材へのこだわりはどのように生まれたのでしょうか?
従来、靴下づくりでは「くつ下用に製造された糸」を仕入れるのが当たり前でした。
しかし、その常識にとらわれず「もっと心地よく、肌にしっくりと馴染む素材はないだろうか?」その答えを探すため、糸の展示会に足を運び、糸商などの専門家に相談を重ね、独自に情報を集めていきました。どの素材がどんな場面で快適か、どんな履き心地を求めているかを考えながら、糸の種類に応じて最適な編み方やデザインを検証しています。その探求心が高じて、「くつ下ソムリエ」という資格を取得しました。これからも素材にこだわり、ひとつひとつ皆さんの喜びを形にしていきます。
―印象的なシリーズはありますか?
例えば「テイスティングコットン」というシリーズ。
このシリーズでは、様々な産地や品種のコットンを使用し、それぞれの特徴を足で味わえるようにしています。自分の好みに合う糸を見つける楽しさも、靴下選びの醍醐味の一つです。
―創喜では体験型の取り組みもされていますね。
はい、S.Laboは“ソックス・ラボラトリー”の略で、くつ下の体験型ファクトリーショップなんです。糸を選び、好きな色を組み合わせて、自転車をこいで編み機を動かす創喜オリジナルマシーン「チャリックス」でくつ下を編み上げます。完成した時の達成感や創造性を楽しんでもらえます。裁縫が苦手な方でも簡単に作れるように設計しており、プロが作ったものと遜色ないクオリティを保っています。
―靴下作りの楽しさを伝えることが大切なのですね。
そうです。くつ下をただ売るのではなく、楽しんで選び、作ることの面白さを伝えることが、私たちの使命だと考えています。素材や履き心地で選ぶことで、一日の快適さや気持ちよさにもつながります。特にローゲージのくつ下は、夏でも蒸れにくく、冬でも暖かいため、季節を問わず快適に過ごせます。

―今後はどんな楽しいことを考えているんですか?
最終的には「くつ下パーク」を作りたいと考えています。奈良は世界遺産に恵まれ、世界中から人が歩いて訪れる場所。くつ下をテーマにした体験施設を作り、産地や素材、製造の楽しさを知ってもらうことで、くつ下文化を広めたいと思っています。まずはフラッグシップショップの拡大や、他社とのコラボレーションなどを通じて、ローゲージの靴下の魅力をより多くの人に伝え、体験を提供していきたいですね。
―社名もSOUKI(創喜)、創る喜びと書きますが、楽しむという遺伝子は受け継がれているのですね。
創喜の歴史は私の曽祖父の代にまで遡ります。戦争を経て軍需品としてくつ下の需要が高まった時期や、戦後の農地解放で多くの人が工場を建てた時期など、時代の波に応じて経営は変化してきました。しかし、父の代になると円高や海外製品の影響で価格競争が激化し、一時は家業から離れることもありました。その状況の中で母が「自分たちが本当に喜べるものを作ろう」と決意し、社名を「SOUKI(創喜)」に変更しました。

―社名にはどのような思いが込められているのでしょうか?
価格競争に巻き込まれるのではなく、お客様が本当に喜ぶものを作ること、そして私たち自身も楽しめるものづくりを続けること。それが社名に込めた思いです。
私はサラリーマンを辞め、家業を手伝う中で、職人としての楽しさやものづくりの面白さを改めて実感しました。市場にはまとめ買いで安く手に入るくつ下が多く、消耗品としての認識が強いですが、幼少期から日常で感じていたローゲージのくつ下の魅力に改めて惹かれ、そこを特化することを決めました。
―仕事をする上で大切にしていることはありますか?
どんなに技術があっても、自分が楽しんでいなければ、お客様を楽しませることはできません。商売は楽しく、喜びながら行うことが大切だと考えています。くつ下作りを通じて、自分も楽しみ、お客様にもその楽しさを届けたい。創喜のくつ下には、その思いが詰まっています。

編集後記
出張耕平(でばり・こうへい)
株式会社創喜 代表取締役社長/五代目 1979年、奈良県北葛城郡広陵町生まれ。大学卒業後、約10年間のサラリーマン経験を経て家業に戻り、2014年に株式会社創喜を法人化して代表取締役社長に就任。
創業1927年の「出張靴下工場」から続く歴史ある工場を継ぎ、“下請けからの脱却”と“ものづくりの喜びの再発見”をテーマに事業を再構築。ローゲージ編機を活かした製品づくりと自社ブランド「SOUKI SOCKS」「Re Loop」を立ち上げ、奈良・広陵町の地場産業再生に尽力している。
自転車をこぐと靴下を編める装置「チャリックス」を開発し、「日本一ワクワクするくつ下工場」というビジョンを体現。職人文化と遊び心を融合した発想力で全国的に注目を集め、工場見学型の体験施設「S.Labo」を通じて製造業を“地域と人をつなぐ文化体験”へと昇華させている。
“創る喜びを、履く喜びへ”を信念に、古い機械と人の手仕事を未来へつなげ続ける革新型ファクトリーブランド経営者。
