2026.05.11
光と変化を楽しむ感性
株式会社Euclid
白石 普

「白石普氏|土から造形、現場の施工まですべてを請け負うタイル職人」
— 国内外の建築・アートプロジェクトに携わり、デザイン・制作・焼成・造形物の施工までを一貫して手がける唯一無二のタイル職人。
—「第12回西洋美術振興財団賞」文化振興賞(2017)受賞
— スターバックス リザーブ® ロースタリー 東京のTEACUP WALLを制作(2019)
— ジブリパーク「ジブリの大倉庫」にて中央階段のタイル装飾を担当(2022)
― OMO7横浜 by 星野リゾートにて、旧市庁舎市民広間のタイルを再活用した作品「このさき、ゆくさき」を制作(2026.4)
―白石さんのタイル制作は、どの工程から始まるのでしょうか?
タイルは既成のものを組み合わせてデザインを考え、造形物へと仕上げるのが一般的ですが、私の場合はまずは現場の空間を見て、何をする場所なのか、どんな人が使うのか、どういう気分になってほしいのかを知り、根底にある「始まりの一点」を決めるところから始めます。
点がなければ線は引けない。線がなければ面にはならない。例えば「こういう空気感にしたい」という一言が出るだけで、そこから連想が広がるんです。デザインって、結局“意味”がある方が強いのです。

―タイルの制作から施工まで一貫して手がける理由は?
工業製品として均一化されたタイルを張るだけでは、生きた空間にはなりません。土を選び、釉薬(ゆうやく)※を決め、焼成温度を調整する。水の入れ方一つで質感は変わり、同じ釉薬でも土が違えば色は変わる。焼成温度が10℃、20℃違うだけでも、表情は変わります。私は、そういう“差”を消すのではなく、バランスよいムラを作り、そして施工の段階で整え、最終的にひとつの作品へと仕上げる。その手間ひまの積み重ねが、人に温かみとして伝わるのだと思います。私たちの生活の中でも掃除がしやすい、メンテナンスがいらないなど手間を避けるようになっている傾向にあります。しかし、手間をかける行為の中にこそ、暮らしの美しさや豊かさは育つのではないでしょうか。
※釉薬(ゆうやく):陶磁器の表面をガラス質で覆うことで、美しい色艶を与え、汚れや水分の染み込みを防ぐ「うわぐすり」のこと

―ここまでの技術を習得するのは大変だったのではないですか?
実はイスラムの幾何学モザイクに魅せられ、モロッコ・フェズのモザイク工房で2年間修行しました。当時はインターネットもない時代だったので、何も調べず渡航しました。モロッコ政府観光局を訪ね、フェズを紹介してもらいましたが、当然工房には入れてもらえず、日本でいう職業訓練校に行きました。日本がどこかも知らない人たちに混ざってアラビア語もわからない日本人が職業訓練校に入るなんて前代未聞でしたよ。今から考えたら良く入れましたね。
―タイルのデザインもそこで学ばれたのですか?
職業訓練校の後、インターンとして工房に入り、日本では見られない複雑な幾何学のデザインを学びました。当時はデジカメもないため、時間がある限りモスクに行き、紙を当てて鉛筆ですり写し、その形を見て、コンパスと三角定規で製図をひたすら描いていました。
今みたいにスマホやインターネットがない時代だったからこそ、自分の身につけるしかなかった。だからこそ今のこの造形ができると思っています。
―立体的なタイル表現も特徴です。
平面であると均一に光を受けますが、立体は面ごとに光の受け方が違います。季節や時間帯で印象が変わり、そこにこそ面白さがあります。毎月見ても違う景色に見える、と言ってもらえることがあるのは、立体と焼き物だからこそ生まれる変化です。過去の作品で傾けても貼れる曲面の丸いタイルの方を使用したのですが、貼り方によって光の当たり方が違うので、その立体的な表情や質感が毎回違って見えるような面白い作品になりました。

―見る人の気分によっても、色は違って見えると思いますか?
変わります。同じ空間でも、その日の気分や体調で受け取り方は違う。だからこそ、常に同じ顔をしている素材より、変化を許容する素材の方がいいと思っています。
―インスピレーションはどこからきているのですか?
自然や生命からインスピレーションを受けることが多いですね。自然は本当にすごい。葉は春と夏と秋で色が違うし、鳥の羽や昆虫も驚くほど美しい。あの色は、命があるから生まれる変化ですよね。
タイルは成長しませんし、命もありません。でも、光や時間で見え方が変わるなら、少しは自然に近づけるかもしれない。だからこそ、固定された“無機質な色”ではなく、揺らぎのある色にしたいと思って作り続けています。

―自然や生命は意識して観察しているのですか?
いやいや、特別なことは何もしていませんよ。朝ここに来て作業していると、川津桜に花がついたなとか、「あ、春めいてきて来てるな」と感じ、夜になると、日が伸びてきたなと気づく。そういう五感を通じて感じる日常の変化が作品につながっているのかもしれませんね。
―これから挑戦したい作品はありますか?
ずっと頭の中にはあり、ちゃんと形にするにはまだ勉強中なのですが、平面のタイリングではなく、三次元構造そのものを焼き物でつくり立体にしたいんです。タイルが面をつくるのではなく、タイル自体が空間を構成するようなことが出来れば、その時は造形タイルが“壁材”ではなくなる新しい表現ができると思います。

編集後記
白石 普(しらいし・あまね)
タイルデザイン、制作、施工すべてを一貫して行う世界でも唯一無二のタイル職人/株式会社Euclid(ユークリッド)。1970年、東京都生まれ。芸術一家に生まれ育ち幼少より美術、芸術に親しみ、ローマ遺跡やビザンチン建築に興味を持ちタイル職人に。イスラムの幾何学モザイクに魅了され、モロッコ・フェズのモザイク工房で修行し現地のモスク建設などに携わる。
2003年に白石普タイルワークスを設立し、2017年から吉永美帆子氏と株式会社Euclid設立し、美術タイルユニットとして作品を手掛けている。
代表作に「スターバックスリザーブロースタリー 東京 」、ジブリパーク「ジブリの大倉庫」、OMO7横浜 by 星野リゾート「このさき、ゆくさき」などのタイル装飾がある。
