2025.12.18
発酵調味料を核に料理を追求する発酵料理人。
楠修二

「楠修二氏|発酵調味料を核に料理を追求する発酵料理人。」
― 日本料理と発酵を融合させる若手料理人として注目を集める楠 修二。
―「大阪の鮨店、京都の割烹料理屋」での修行経験を経て、現在はフリーランスで発酵調味料や発酵料理を開発、発信。
― 発酵料理教室の講師やセミナー登壇も行い、発酵×文化の文脈を伝える活動を展開。
― Instagram(@hakkounin_k)を拠点に、日々の発酵実験や調味料記録を発信し、フォロワーとの交流を重ねている。
-楠さんが料理や発酵に出会った体験を教えていただけますか?
出会いのきっかけは、特別ドラマチックなものではありません。高校を卒業して18歳で料理の世界に入り、最初はただ「一生懸命に料理をする」という感覚で、寿司屋で働き始めました。27歳で京都に移り住むまで、米麹も味噌も自分で作ったことはなく、「商品として販売しているものを使う」という認識で料理をしていました。
そんな時、ある料理大会のテーマが「発酵」だったんです。調べていくうちに、米麹が持つ可能性に驚き、自分で試作を重ねているうちに、どんどんのめり込んでいきました。そして、1年ほど経った頃、白菜のお漬物を作りました。塩と白菜だけで乳酸発酵が起こり、自然に酸味が生まれ、驚くほど美味しくなる──
その体験は、今でも鮮明に覚えています。当時の自分は、「お漬物は調味料で味をつけるもの」だと思っていました。でも発酵は違う。食材そのものが、自ら酸を生み、味を作り出す。白菜なら、白菜由来の酸が生まれる。それは“味を付ける”のではなく、“味が生まれる”という全く新しい世界でした。この体験が、発酵に真剣に向き合うようになった原点です。
-発酵の酸とはどういうものですか?
発酵は、微生物が味をつくり出すプロセスを指します。乳酸菌が食材に含まれる糖を食べることで乳酸を生み、それが味に深みを与えます。これは糖を消費して、乳酸を獲得していますよね。味わいでいうと野菜の甘みがなくなり、酸っぱくなったということです。また、酸には大まかに3つの種類あります。一つは乳酸 … 漬物やヨーグルトに含まれる、まろやかで深みのある酸味。二つめは酢酸 … お酢のように刺激のある酸味。三つめはクエン酸 … 柑橘など果物由来の酸味。料理の世界では、この3つを使い分けますが、特に乳酸は味の奥行きを生む重要な要素です。
例えば寿司のシャリに使われる酢。一般的には酢酸ですが、自家製の乳酸を使えば、
シャリの味わいはぐっとマイルドになります。
そもそも、寿司の起源である**熟鮓(なれずし)**は乳酸発酵で作られていました。今の酢飯は、時間短縮のために考案された“模倣”とも言えます。効率化や人口集中の流れの中で、発酵の時間を省略する必要があったからです。現代、販売されているものでは、自然に乳酸発酵した食品は少なくなりました。だからこそ、今あらためて自然な発酵の味に触れると、本来の美味しさや奥行きを強く感じられるのだと思います。

-酸や発酵の方法も時代や土地で変化するんですね。
はい。必要性があって生まれたものに、人が手を加えて改良してきたものが重なり合い、今の発酵文化はつくられていると感じています。現代では、効率や安定性を求めて、乳酸発酵ではなく “味を再現する方法” を選ぶお漬物も増えました。その一方で、自然発酵でしか生まれない味わいも確かに存在します。
だからこそ、発酵の面白さや奥深さが、今あらためて見直されているのだと思います。

-そうなんですね!それは意外です。
昔は、野菜を漬けたときにできる液体のほうに価値があると信じられていた時代があったんです。
「草醤(くさびしお)」と呼ばれる塩漬けの汁で、自然に乳酸発酵が進んだそのしずくを飲むと、体が回復すると考えられていたんですね。保存のために漬けていたものなのに、時間が経つほど“体が元気になるもの”だと思われてました。ちょっと面白いですよね。でも現代は、野菜って新鮮で甘いほうが美味しいと感じられるじゃないですか。甘さって、もともと糖やアミノ酸の味なんですけど、発酵が進むとその糖がどんどん使われていって、味の印象が変わっていくんです。だから、昔は“元気のもと”だった液体が、今の基準だと“美味しい”とは限らない。
こうやって見ていくと、ひとつの食べ物の中にも「美味しさ」と「体にとって良いもの」が必ずしも同じじゃない時代もあったんだな、というのが分かって、とても興味深いんですよね。発酵って、ただ味が変わるだけじゃなくて、“どのタイミングを価値だと感じるか”が、時代や人の感覚によって変わるんだと思います。そのバランスを探ることが、発酵の面白さでもある気がします。
-発酵食品として馴染み深いキムチにも、実は産地ごとの違いがあるんですか?
そうですね。違いははっきりあります。日本と韓国では、発酵に対する文化的な考え方が異なります。日本では 素材の味や食感を大切にする傾向 があるため、発酵を浅めに仕上げた、食べやすいキムチが多く流通しています。一方、韓国のキムチは しっかり乳酸発酵させることで深い酸味が生まれる のが特徴です。その違いから、韓国の方が日本のキムチを食べた時に、「これは本場のキムチとは別の食べ物だね」と表現されることもあります。
そのため英語表記でも日本のものは kimuchi、韓国のものは kimchiと区別されることがあります。どちらが良い悪いではなく、文化や好みの違いが形になっているのだと思います。
-発酵教室を始めたのは発酵の良さを伝えるためですか?
始めは単純に発酵を知れば知るほど楽しくて、凄いので、それを伝えたかったのが始まりです。回数を重ねるにつれて、現代における食の問題と発酵の歴史を照らし合わせたときに、明るい食の未来が見えたような気がしました。
今では、発酵教室に来ていただいた方に、食の選択をする知恵を養っていただけたらと考えています。発酵の本質理解に近づくと、世の中のしくみや食の情勢が見えてきます。情報過多の時代ですから、惑わされることのない本質を理解して、皆さまの指標となる知恵を提供したいと思っています。
― 発酵を学び始めてから、料理に向き合う気持ちは変わりましたか?
すごく変わりましたね。
発酵は、いわば“調味料を一から作る”ようなものなんです。しかもその美味しさは、目に見えない微生物が作り出すもの。だからこそ、どこまで微生物のはたらきを理解できるかがとても大事になってきます。
自分で仕込んだ発酵調味料から思いがけない味が生まれると、「この個性をどう生かそうか」と考えながら、新しい料理を作りたくなるんです。
発酵に魅了されてからというもの、僕の料理はすっかり”調味料を軸”に考えるようになりました。これは、調味料の味を作り出してくれた微生物リスペクトから来る考えによるものです。

― 生徒さんたちは自宅で発酵を実践していますか?
はい、よくメッセージに写真付きで途中経過や完成したものを送っていただけます。
中でも、不安なので見てくださいという声もたまにあります。その、気持ちよくわかるんですよね。発酵のレシピってとっても難しいんです。料理なら人の手で味を調整できますが、発酵はそうはいきません。すべては微生物のはたらきによって味が変化するからです。なので、発酵の環境や手順をヒアリングして、できるまで寄り添い、質問にはお応えしてするように心がけています。
発酵のレシピでは専門用語で難しく伝えるのではなく、微生物のドラマティックな働きを“楽しく、分かりやすく”伝えています。この微生物がもたらす味の変化を間近で感じるとみなさん、いろんな発酵を楽しく実践されています。
― 他の発酵職人との違いはありますか?
他の方との比較は特にしたことはありませんが、僕の場合は、発酵というテーマの歴史をきちんと遡って伝えるようにしています。
原点を知ることで、そのものの“本質”が浮かび上がってくるんです。
僕が伝えたいのは「作業」ではなく「本質」。
作業は時代や環境によって変化しますが、本質は変わりません。だからこそ、“作る人が自分の環境に合わせてレシピを変化させる”ことができる。
その本質を軸に、現代でも再現できるように作業面を工夫しながらレシピを組み立てています。

-初心者が発酵を学ぶのにお勧めなのは何ですか?
シンプルに塩と白菜だけのお漬物です。野菜であれば、問題ありませんが、原料がシンプルだからこそ、その変化がより感じられます。微生物の存在を理解し、リスペクトできる瞬間になるでしょう。
-発酵という学びを通して、自分で選べる力の大切さを感じますね。
本質を理解すれば、自然と選択肢は狭まってきます。必要のないものが、より見えるようになることで、多様性のある時代に「選択の知恵」を持てるようになります。
流行や情報に振り回されるのではなく、自分にとって本当に大切なものだけを、選び取る力。それこそが、これからの時代に必要な“教養”だと感じています。
編集後記
楠 修二(くすのき しゅうじ)
大阪・京都の鮨および割烹料理店で日本料理を学ぶ。 在籍中に発酵の世界に魅了され、以後、独自に発酵の実践と探究を深める。 「日本料理の根源は発酵にある」との考えのもと、 現在は京都を拠点に、ポップアップ、発酵教室、出張料理、オンラインショップなど多方面で活動中。Instagram:@hakkounin_k において、日々発酵記録や調味料レシピを公開中。
